ラッテの日記

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『容疑者Xの献身』感想

 

※注意※

 

この記事には、東野圭吾作『容疑者Xの献身』ネタバレが含まれます。

 

 

 

 

 

 

 恥ずかしながら、小説にも日本ドラマにも疎く、この小説が数年前にヒットした「ガリレオシリーズ」の原作であることにも、湯川先生がガリレオ先生、と呼ばれているシーンで初めて気が付きました。

 序盤ですでに石神先生が好きになり始めていた私は、正直、あーっと頭を抱えたくなりました。この小説は、このかの有名なガリレオ先生に偽装工作を見破られ、石神先生が敗北する結末を迎える物語なんだろう。お願いだから負けないでくれ!と。

 

 ですが実際、この小説はそんな安直な勝敗の物語ではありませんでした(天才同士の対決という物語だったとしても、それはそれで熱いものがあるなと思います)。

 

 

 

 

 

 

感想

①石神先生の緻密なトリック

 警察の行動を考慮しつつ、計算しつくされた手札が次々と切られていく様子にかなりワクワクさせられました。携帯電話を使わず、こたつは自分の家のものと交換するという形で処分し、被害者の遺体は指紋を焼き歯形も残さず……細かな点でミスを犯していないところが特にすごいです。私はミステリー初心者なので、正直途中で頭がこんがらがってしまったのですが、それでも「これはすごい!」と感動できました。

 やはり特筆すべきは、ラストに明かされた、偽装のために殺人を犯していたという事実です。花岡親子のアリバイを完璧にしたという点は勿論、休日をあえて二日連続取ることで己の怪しさを増幅させる徹底っぷり。序盤の技師のシーンが伏線になっているのにも驚かされました。何より、花岡親子を守るために、殺人すら犯してしまう石神先生の覚悟の大きさ、最適解であるならそれを実行してしまう冷徹にもみえる合理性がこれでもかというほど表れていました。

 

②石神先生の献身

 一番語りたいところ!孤独な数学者が、隣に住む女性の為に、己の人生を犠牲にして犯罪に手を染める。彼は花岡親子の安全を守るためだけに行動していて、嫉妬こそしたものの、彼女らの幸せを心の底から願っている。しかも、大きな犠牲を払ったのにも関わらず、そのことを本人に知られなくてもいい、知られるべきではないと考えている。見返りを求めない純粋な愛情なんです。「花岡親子と殺人事件を切り離すための偽装工作」自体はやり遂げているところも素晴らしいです。

 愛情とは時に身勝手なものです。靖子を追ってきた元夫や、事件直後で大きな心労を抱えているはずの靖子にプロポーズなんかした工藤などは(工藤はそれほど悪いとは思わなかったんですけどね……ただタイミングおかしいでしょとは感じました)、靖子を真に愛していたのかもしれませんが、自分自身のための行動が見られると思います。靖子の利点のためだけに動いた石神先生の見せた態度こそ愛情として最も美しいものであり、献身と呼ぶにふさわしかったと思います。

 

③花岡靖子というキャラクター

 石神先生に入れ込むと、花岡靖子という女が好きになれなくなるんじゃないかと思いました。嫌いなわけではないけど、なんかもやっとする。最後に自首してきたシーンなんて、もう辛くて辛くて。

 「あなたのためにできるのはこのくらいだ」と言っていたけど、自首は彼女自身のエゴでしかないよなぁ、というのが正直な感想です。靖子が石神の望む通りに穏やかな日常に戻る選択をしていれば、石神はそれだけで救われたと思います。技師殺しだって、なんの感情もなく実行したわけじゃないはず。彼を殺すために部屋の鍵を渡すとき、実際に首にコードをかけたとき、死体の服を脱がして焼いたとき、富樫の死体に刃物を入れて人を物の形へ変えていったとき、技師のいないホームレスたちの根城を通勤していたとき……石神はどんな気持ちでそこにいたのか、私には想像もつきません。それだけのことをしたのは、靖子の幸せのため。

 靖子は、石神のそんな献身の重みに耐えきれずに自首したんじゃないでしょうか。一度は自分を支配しようとしていると疑った人間から、身が痛むくらいに大きな好意を向けられ、いたたまれなくなてしまったのでは?

 でも、そこが花岡靖子というキャラクターの魅力なのかもしれません。思いもよらず訪れた不幸に怯えつつ、ある程度危機感を拭われたところで「石神のことを気にせずに幸せになりたい」という欲がでるのは人間臭くて嫌いになれない。救いがあったとすれば、石神の偽装の真相を聞き、靖子が愛情を感じたところでしょうか。狂気を感じてただ恐ろしくなっても無理はなかったと思いますが、石神の気持ちが伝わったのだと思うとまだよかったと感じられます。

 ちなみに、湯川先生が靖子に真相を話すところまでは良かったと思っています。あれだけ石神が身を砕いたと、靖子には知っておいてほしかった。そのうえで、石神の望み通りに工藤とくっついてほしかったな、というのはわがままでしょうか。

 

 

まとめ

 ミステリー&小説初心者の私でも入り込める素晴らしい作品でした!やはり、無償の愛情という要素があると心揺さぶられますね。

 本格ミステリか否かという論争を引き起こしたとも聞きました。ミステリーに詳しくない方が違和感なく楽しめるのかもしれません。